キリシタン(長崎空港・大村エリア)
妻子別れの石
ここは、江戸時代の大村藩処刑場(斬罪所)の入口に当たり、明暦3年(1657年)の潜伏キリシタン大発覚事件である「郡崩れ」に関わる史跡です。地面に半分埋まっている丸い石がこれに当たります。大村で処刑されることとなった131人は、大村牢から200人の武士の厳しい警護を受けて、斬罪所に連行されました。この信者たちが、家族と最後の別れを惜しみ、水盃を交わした場所がここであったといわれています。
言い伝えによると、この石はとめどなく流れた悲しみの涙でぬれたので、別名「涙石」と呼ばれ、苔が生えないといわれています。斬罪所はここから800メートルあまり北にあり、昔はそこまで細い道が真直に続いていたといわれています。
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言い伝えによると、この石はとめどなく流れた悲しみの涙でぬれたので、別名「涙石」と呼ばれ、苔が生えないといわれています。斬罪所はここから800メートルあまり北にあり、昔はそこまで細い道が真直に続いていたといわれています。
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