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「世界遺産」を巡る前に知っておきたい「エピソード0」

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大村駅

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「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は県下各地にありますが、その構成資産をめぐる旅のスタートにふさわしいのがここ、大村の地です。


1563(永禄6)年、横瀬浦で洗礼を受けた大村純忠は、日本初のキリシタン大名となりました。洗礼名はドン・バルトロメオ。


純忠は、自らの領地である長崎の入り江をポルトガル船の求めに応じて開港し、交易と布教を一気に推し進めました。今の大村市よりずっと広いエリア(大村湾の西側である西彼半島や長崎市中心部含む)だった大村領は、純忠により日本におけるキリスト教布教の中心地となったのです。トードス・オス・サントス等のたくさんの教会、次々に洗礼を受け誕生したキリシタンたち。その後、純忠と、彼の影響を受けてキリシタン大名となった有馬晴信(実は純忠の甥にあたる)の領内には、各地に、来日した宣教師のための日本学校「ノビシアード」、日本人の子ども達が音楽にラテン語、キリスト教の教義などを学ぶための学校「セミナリオ」が開かれます。

遣欧使節団計画

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やがて、日本の布教の成果をヨーロッパに広め、ヨーロッパの文化を日本に伝える遣欧使節団計画が持ち上がります。そこで、セミナリオで学ぶ子ども達の中から選ばれたのが伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンの4人の少年たちでした(4人のうち3人が大村氏ゆかりの少年)。大村純忠や有馬晴信、大友宗麟らキリシタン大名の名代となった4人は、天正遣欧使節団として、船で長崎港を出発。嵐や伝染病など様々な困難に遭遇しながらも東南アジア、インド、アフリカ大陸をぐるりとまわり、実に2年6ヶ月かけてヨーロッパ大陸の最西端ポルトガルに上陸します。その後、世界のキリスト教の中心地であるローマを訪れ、ヴァチカン宮殿で教皇グレゴリオ13世の謁見を果たしたのです。この出来事は、中世ヨーロッパの人々に日本の存在を広く知らしめる歴史的な出来事となりました。しかしその後、禁教時代を迎えた日本においては、長く歴史の表舞台から消されており、近代になってようやく脚光を浴びることになったのです。

日本とキリスト教の苦難の歴史を学べる大村市歴史資料館

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日本とキリスト教の苦難の歴史の、いわば「エピソード0(前史)」を学ぶのにお薦めなのが大村市歴史資料館です。JR大村駅前にある「ミライon」の1階にあり、図書館と併設されています。ここでは1時間に2回、天正遣欧使節の旅を映像化したショートドラマ「遥かなる天正遣欧少年使節」も閲覧でき、使節団の苦労や功績を8分間でおさらいすることができます。また、上映の合間には南蛮船の長崎港入港を描く南蛮屏風図をモチーフにしたチームラボによるデジタルコンテンツが展開します。武士や商人、南蛮人の宣教師など人物にタッチすると振り向いてあいさつをする仕掛けや、手持ちのスマホオリジナルキャラクターを作って映像に入れ込むことができるなど、最新技術を駆使した映像空間があり、子どもでも楽しめます。



メインの常設展示室には、日本におけるキリシタンの歴史を時系列に沿ってわかりやすく紹介したパネルが展示されています。純忠の書状や、キリシタン遺物『メダリオン「無原罪の聖母」』(長崎県指定有形文化財)などの貴重資料、純忠の居城であった三城城とその周辺の城下町から発掘された陶片や花十字の瓦片などもあり、大変見ごたえがあります。

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禁教時代

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1587年、大村純忠は55歳で死去し、同年に豊臣秀吉による伴天連追放令が発布されることで日本は禁教時代に突入していきます。天正遣欧使節の4人が帰国したのも、そのような時代の変化の波の真っただ中でした。13歳で旅立った少年たちは8年の歳月を経て大人になっていましたが、その後の人生においては、それぞれ苦難の道を歩むことになります(伊東マンショは若くして病死、千々石ミゲルはイエズス会を脱会、原マルチノは国外退去でマカオへ、そして中浦ジュリアンは西坂の丘で殉教)。弾圧の嵐が吹き荒れ、大村の地を追われた多くのキリシタンも、外海や五島など各地に逃げ延び、長い長い潜伏の歴史が始まるのでした。常設展示室にはキリシタン弾圧関連史跡の紹介もされています。


また、日欧交渉史研究の第一人者である松田毅一氏が収集した5,400冊の蔵書が「松田毅一南蛮文庫」も所蔵されており、さらに深く学びたい方のニーズにも応えてくれます。こちらでは、資料の閲覧、複写、撮影などにも対応しています(カメラ持参。事前申請が必要です)。

天正夢広場のからくり時計塔

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キリシタンについて学んだ後は、ぜひミライon前にある天正夢広場のからくり時計塔にご注目ください。毎時刻の正時になると、時計塔の扉から兵隊の人形が出てきてファンファーレを鳴らし、中央の地球儀や4人の少年の人形がくるくると動き出します。これは1990年、天正遣欧使節帰国400年祭に合わせて建てられました。強風時以外は可動しているので、こちらも必見です。楽器を持ち、洋装した少年たちと地球儀のからくりを見ながら、歴史とロマンに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


取材協力:大村市歴史資料館

参考資料:『旅する長崎学』1,2(長崎文献社発行)



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