長崎案内人vol.2【長崎市遠藤周作文学館】林田沙緒里さん
公開日:2023/12/20最終更新日:2023/12/20外海
長崎ならではの魅力を発信している人にインタビューを行う「長崎案内人」。第二回は、長崎市の外海地区にある「遠藤周作文学館」で学芸員を務める林田沙緒里さんにお話を伺いました。2023年は、小説家・遠藤周作の生誕から100年となる節目の年。企画展やトークイベント、上映会など、新しい切り口で、作品の奥深い世界とあたたかな人柄を伝えています。県外出身の林田さんが感じる外海地区、そして長崎市の魅力についても聞きました。
「沈黙」の舞台で知る、遠藤周作の歩み
ーまずは遠藤周作文学館の概要について教えてください。
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産に含まれる長崎市外海地区で、2000年に開館しました。日本におけるキリスト教信仰を描いた遠藤周作の代表作「沈黙」の舞台となった外海地区にある当館には、小説家・遠藤周作に関する貴重な愛用品や直筆原稿、蔵書などが、約3万点収蔵されています。その足跡を伝える展示活動を行うと同時に、遠藤文学に関わる資料を収集・保存・調査研究し、情報発信にも努めています。
展示スペースでは、年表形式で遠藤先生の歩みを紹介しています。どのような時代を過ごし、その時期にどのような作品を発表したのか、分かりやすくまとめています。また書斎コーナーには、実際に使われていたデスクや椅子を展示。デスクの上にはいつもお母さまのお写真を置かれていたそうで、遠藤先生にとって大きな存在だったことが感じられます。
展示品として、直筆の原稿や草稿も並べています。遠藤先生の字は丸くて、なんだか可愛らしい印象ですよね。エッセイなどは通常の原稿用紙に書いて、「沈黙」をはじめとする純文学の長編の場合、原稿用紙の裏側に草稿を書いていたそうです。その理由は明らかにされていませんが、自分で想像するのも楽しいですよね。
ー展示内容はもちろん、抜群のロケーションも見どころですね。
はい。テラスからは角力灘を一望することができて、天気が良い日には五島列島まで見ることができます。あたりは波と風の音に包まれていて、時間を忘れてしまいます。「沈黙」で描かれたような禁教時代のキリシタンの人たちも、同じような景色を見ていたのかな、と考えることがあります。
テラスを挟んで展示室の反対側には、思索空間「アンシャンテ」があります。ここは美しい外海の景色と出会い、遠藤先生の言葉と出会い、思索を通して新しい自分と出会う場所。遠藤作品の一部が置かれているので、椅子に座ってゆっくりと、本のページをめくることができます。最近は“インスタ映え“スポットとしても人気です。
次世代に向かう節目としての生誕100年
ー2023年3月27日には、遠藤周作の生誕100年を迎えました。今年はさまざまな事業を行っているそうですね。
大規模な企画展として「100歳の遠藤周作に出会う」を開催中です。期間中は全ての展示スペースを使用して、その生涯や作品を網羅的に紹介。また遠藤先生といえば、「沈黙」のような純文学だけではなく、ユーモラスなエッセイやエンターテイメント小説も数多く執筆していて、そうした作品の多様性に触れられる展示内容となっています。
そして没後も遠藤作品は広がり続け、映画「沈黙-サイレンス-」の公開や、2020年には未発表小説が発見され話題となりました。こうした生誕から現在に繋がる100年を一つの節目として、改めてその魅力を伝えられたらと思います。
今回の企画展では、新しい試みとして、写真撮影OKの展示コーナーを設けました。遠藤先生の印象的な言葉に触れられる内容で、その場に佇んで考え込まれる様子の方もいらっしゃいます。生誕100年に合わせて公式ツイッター・インスタグラムも開設しました。若い世代の方から予想以上に反響があって嬉しいですし、まだ遠藤作品を知らない方にも、情報や魅力を届けていきたいです。
そして2023年9月16日(土)には、映画「沈黙-サイレンス-」の上映会と、映画に出演された俳優・窪塚洋介さんのトークショーを開催します。他にも生誕100年記念事業を企画・準備しているので、公式SNSをチェックしていただければと思います。スタッフの推し本も紹介していますよ。
人間の弱さへの共感、寄り添う心が感じられる作品
ー林田さんと遠藤作品の関わりについても教えてください。
私は広島出身で、神戸の大学院に進んで学芸員の資格を取得。たまたま長崎市の遠藤周作文学館の学芸員を募集していることを知って申し込み、2015年からここで働いています。ただ実は、遠藤先生の作品はほとんど読んだことがなかったんです。それこそ、代表作の「沈黙」くらいで…実際に働き始めてから、クスッと笑えるようなエッセイなど、多彩な作品に触れることになりました。
私が思う、遠藤作品の根底にある共通点は、人間の弱さに寄り添った姿勢と眼差しだと思います。遠藤先生は著書『人生の踏絵』の中で「人生に対して結論が出てしまい、迷いが去ってしまっているならば、われわれは小説を書く必要がない。小説家は迷いに迷っているような人間なんです」と語っています。まさに迷いを抱えたままの、人としての温もりが伝わる等身大の作品だからこそ、これだけ長く多くの方々に愛され続けているのだと思います。
ー県外から移住された林田さんから見て、長崎市、そして外海地区の魅力はどんなところですか。
住んでいる方は慣れているかもしれませんが、長崎市ほど主要な観光スポットが集まっている土地はほとんどないと思います。教会や歴史的な遺構をコンパクトに回ることができて、しかも和華蘭文化という言葉に表される、多様性のある文化・歴史が入り混じった街は、とても貴重です。
また外海地区に関しては、この遠藤周作文学館を初めて訪れた時に「この場所だからこその文学館」だと強く感じました。歴史的な集落や建物、生活と宗教との関わりが今も残る素敵な場所で、もっとたくさんの人に訪れてほしいと思います。
ー長崎を訪れる観光客の方へメッセージをお願いします。
展示内容を通して、作品の魅力だけではなく、遠藤周作自身の人柄を感じてほしいと思います。そしてテラスやアンシャンテからの風景や、外海地区に来るまでの道中の景色など、建物の外にも目を向けてほしいです。そうすることで、この土地の歴史や雰囲気がもっと豊かに感じられると思います。遠藤周作文学館を訪れて、文学だけを享受するのではなく、外海地区の自然や風景、食まで満喫して、最後は美しい夕日を眺めてほしいです。
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この記事を書いた人
藤本編集局 藤本明宏
ライター
長崎県在住のライター・インタビュアーです。人とまっすぐ向き合い、心のこもった文章を書いていきたいと思います。また普段から、インタビューで長く、ゆっくりと話を深めることに意識を向けています。
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